無題 暇短編

「楽しいねえ」

「そうだねえ」

 

そんな日が、毎日になりました。楽しくて、幸せで、仕方がありません。

 

 

私は、妻と、息子と娘の、4人で暮らしています。去年の末に、20年近く勤めた会社を辞めて、自営業を始めました。

始めの内は苦しかったけれど、なんとか不足のない生活を送れるようになりました。郊外に一軒家を買って、ゆっくりとした生活をしています。

 

週末は家族で遊園地に行ったり、ピクニックに行ったり。そうそう、先週の日曜日は息子のヨウと娘のリンを連れて、お祭りに行きましたよ。どうやら金魚すくいとりんご飴が、お気に入りらしいです。

途中でリンと逸れてしまい、大きな声で幾度も「おうい」と呼びました。小一時間探したところで、トコトコ歩くリンを見つけて、大急ぎで追いかけました。

「怖かった?」と聞くと、何も言いませんでしたが、目は少し赤く腫れていました。私の不注意で不安な思いにさせることは、もう二度としまい、そう思いました。

 

 

妻のマミとは、初め勤めていた会社で出会いました。もう、結婚して15年になります。5年ほど交際期間を経て、籍を入れました。

余程気が合うのか、彼女とは、まだ一度も、喧嘩したことがありません。昔と今を比べても、お互いしわの数くらいしか変わっていないような、そんな気がします。

そして、彼女の作る料理は、本当に美味しいのです。あなたにも、ぜひ、食べていただきたい。きっと、その味に、びっくりすることでしょう。

 

なんて幸せな、いい暮らしなのでしょうか。これが毎日続けばいいな、と15年前から毎日思っています。

 

 

さて、今日は家族みんなで出かける予定です。みんなを呼んでこようかな。

 

「おうい、もうすぐ出発するから車にお乗り」

 

反応がなかったので、

 

「準備できてないなら、ゆっくりでいいからね」

 

とりあえずそう声をかけて、待つことにしました。

 

30分経っても1時間経っても、誰もリビングに来ません。

 

 

 

2時間待ちました。やっと、来ました。

けれど、マミでもヨウでもリンでもありません。中くらいの背丈をした、猫背の男です。

 

「大庭さん、探しましたよ。そして、ここは堀木さんのお部屋です。こんなところで何をなさってるんです」

 

「何を言っているんですか、どういうことだ?」

 

「ええと。とりあえず、10分後に先生がみえるので、それまでには大庭さんのお部屋に戻っていてください」

 

「先生?私の部屋?だから何の話なんですか」

 

「とにかく、お部屋に戻っていてください。305号室です」

 

「305号室とは何だ、私は最近一戸建に越したんだぞ」

 

「じゃあそうなのかもしれませんね。とりあえず、お戻りくだされば結構です。」

 

「じゃあとはなんだ、いい加減にしてくれ、どういうことか説明してくれないと、ぼくはまだ何もわかっちゃあいないぞ」

 

「説明してもいいんですか?」

 

「頼む」

 

 

「あなたは15年前からこの病院にいます。強制収容です。あなたは一人です。奥さんも子供もいません。家も車もありません。お勤めの会社で、毎日死ぬほど働かされて、気が触れてしまったと聞いています。うちに来た時は、手がつけられないほど暴れていたんですよ。椅子を壊し、壁に穴を開け、花瓶は割り、それはそれは大変でした。だから、ちょっと薬を飲んでもらいました。すなわち、あなたは二人目のあなたです。前とは打って変わって、全く穏やかな人になりましたね。毎日幸せそうにしていて安心しています。マミさんと、ヨウくんとリンちゃんに宜しく言っておいてくださいね。そろそろ先生がお見えになりますよ、お部屋で待っていてください。それではまた」