2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

或る人

思い掛けない苦しみが、思い掛けない痛みが、思い掛けない死こそが、理想であると、或る人が述べた。 聞くところに依れば、最後の、死こそ、と言うものはかのユリアス・シイザアの言葉で在るそうだが、これは言い得て妙である。 思い掛けない苦痛は、却って…

先は見えない

目が覚めた。 私は、自宅の羽毛布団の中で、すや、と眠っていたはずだが、虹彩に映る景色は記憶に無い。不思議と恐怖や焦りは無く、頭の中に、ぼうっと朧掛った靄を取り払うのに、長い時間は必要としなかった。どうやら、私は建物の中に居るらしい。壁一面が…

前髪

すっかり陽が落ちた道路で車を走らせる。 眼の前をちらちらと、伸びた前髪が揺れる。邪魔だが、此れでいい。 其の時分の私にとって、伸ばした髪は内面の象徴の様な物で、漠然としながらも価値の在る物であった。 サービスエリアで買った温かいコーヒーはもう…

覚書

感情は、不思議である。人間の持ち合せる物の中で一番、矛盾を孕むものであろう。少なくとも私はそう考えている。 喜怒哀楽という言葉が有るが、人は、人間と言う物は、此れに対して従順で在り、従順で無い。嬉の感情を持つ時などは特にそうだ。素直に喜ぶ時…

ずれたままで行った、帰り道は知らない。

ぷらぷらと歩いていた、夜半。 左ポケットの中で揺れるウォークマンからは、今日も同じ音楽が流れている。 自由が丘。駅から少し歩いた商店の並びにて。 誰が、何をーーー 陽が出ている間は人間が居る、そういう類の場所に限って夜は静かだ。 暗がりの中、半…